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ひらのの巻 Presents 第1回平野検定 解答集

第1回平野検定いかがでしたか?
ちょっと難しかったかもしれませんが、わが町「平野」を再発見して頂けたら幸いです。
編集部としましてはこれを契機に「平野検定」を続けていきたいと思っています。
が、しかーし出題文中に“誤り”もあったり等(トホホ…)関係者並びに読者の皆様本当に申し訳ございません!
次回の開催は未定ですが、「第2回平野検定」実施の折はまたのご参加を何卒宣しくお願い致します!!

2007.4.2

第2回平野検定解答集はこちら
平野地域解答(28点) 加美地域解答(24点) 喜連・瓜破地域解答(26点) 長吉地域解答(22点)
平野地域解答
平野区の区域面積は住之江区(20.77平方km)、此花区(16.04平方km)についで第3位である(15.30平方km)
初代征夷大将軍である坂上田村麻呂の次男坊にして、その名前が「平野」という地名の語源になったとも伝えられている。
井上、末吉、辻葩、土橋、成安、西村、三上家などである。
道頓堀を開墾したのは安井道頓・道トとされていたが、近年の資料等から平野出身の成安道頓と久宝寺出身の安井道トと考えられている。
実際は「八角」であったが人々には“六角堂”と呼ばれ親しまれた。
平野蒟蒻は中身に「ひじき・にんじん・ごま・ぎんなん」が入っており、別名“かやくこんにゃく”とも呼ばれた。
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加美地域解答
近畿地方最大級の方形周溝墓(弥生時代中期)や同時代末から古墳時代にかけての46基に及ぶ方形周溝墓群のある遺跡として有名である。
平野は綿の集散地として栄え、水路を利用する水運業も発達した。

※問8.におきまして出題文中で「600年」とあるのは「300年」の誤りです。ご関係者の方々並びに読者の皆様へ深くお詫び致します。
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喜連・瓜破地域解答
「瓜破」という地名の起こりは道昭が“瓜を割って(破って)供えた”事からと伝えられている。
1704年に大和川の付け替えが行われてから設けられた。
平成17年11月3日に開設。
施設内の全ての電気はこの施設の西側約200mに位置する環境事業局平野工場から、ゴミを焼却する際に発生する熱エネルギーで発電した電気を使用している。
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長吉地域解答
復元された埴輪は「古代船なみはや」として実際に韓国まで航海を行ったそうな・・・。
大和川の付け替え後に設けられた。
手づくり工芸の総合施設として平成11年10月開館。
因みに本誌「ひらのの巻」カラー化1発目(2004年9月号)において、レギュラーコーナー「潜入体験レポート」の記念すべき第1回目の“潜入体験”先でありました。
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